倫理学上の問いに「トロッコ問題」というのがある。詳細は wikipedia の記述を参照されたし。
問いが差し出されると、ついその前提の中で正解を探そうと躍起になってしまうんだけど、精神科医の名越康文氏が「そういう事態にならんようにすることが肝腎やろ、問いそのものを否定してしまうけど」と述べていて、なるほど実際に生きる上で有効なのはそっちだよなあ、と膝を打ったのだった。そこに意識が向くところが、まさにアドラー心理学の真骨頂、という気がする。
話は飛んで、2018年に兵庫県立美術館に訪ねたプラド美術館展でベラスケスの絵画を見たときに、同時代の他の画家との格の違いにひれ伏すとともに、何を描くか、どの角度からどういう構図で描くか(彼のように写実的な作品を多く手がけた画家はそういうアプローチを持ってるんじゃないかと想像する)を決める時点で勝負は決まっているんだな……と実感させられたのを思い出した。
命運を決する何事かは、勝負の前の日常にまぎれこんでいるのかもしれないのだ。