体系的な勉強や訓練を受けたことがないと、こういうときに名乗るのに気後れを感じる。
でも自分なりに誠心誠意取り組んでいて、仕事という形で社会と通じることができているから、ちゃんと胸を張っていないと失礼だな、と思うようになってきた。この気後れにはまだまだ頑張りようがあるのである。伸びしろ十分(前向き)
自分なりに工夫を凝らしていて、誠実に時間と労力を傾けていて、自分に合った方法や流儀を持っているなら、あるいはそれを模索中なら、対価の有無に関わらず、それは専門と呼んでいいのではなかろうか。(社会や他人から認められるかどうかは別として)
我が道を、ひっそりとでも正々堂々と求め続ける、というのが、専門家の矜持ではないかと思うわけである。