Aging

ドナルド・トランプが大統領の再選を決めた夜にこれを書いている。前回、ヒラリー・クリントンとの選挙戦では、私は日本にいながら次々と発表される各州の結果を信じたくなくてアタフタと日記に動揺を垂れ流しにしてたのだけど、今回は自分の感じ方がだいぶ変わっているなあと感じる。

私は彼の話の通じなさや差別的な発言や行動の信用の置けなさを、断片的にでも報道越しに危ういと感じていて、政治家としての彼を全く支持しない。その点においては前回も今回も変わってないのだけど、前回自分がやたらアタフタしていたのは、自分は彼と違う側にいると思っていて、自分のいる側の価値観や論理が「清く正しい」と信じていて、それが脅かされそうだから動揺していたんだな(それっていけすかないな……)と思う。いまの私は、自分が依って立つあれこれは果たして「清く正しい」のか?と疑う気持ちもだいぶあるのである。

こっちが振りかざす正しさを「イヤだ」と思う相手は現実に存在していて、その気持ちを尊重せず、こっちの信じる正しさで塗り込めるだけでは、共同生活はどんどん干からびていくということを、この数年の間に実感したから、こういう気持ちになるんだろうな。相手の「正しさ」が不愉快な場合はその強引さを平気で責めるのに、自分の「正しさ」の不愉快さは疑いもしないという、そういう傲慢さが自分の中にデデンと存在しているのを知ってしまったのだ。

第一私は、自分の側が正しいと思って、相手の側が正しくないと思っていたから(その世界の分け方も至極あやふやなものだけど)、トランプの挙動の中身や政策を実はあんまりよく知らない💀。ちゃんと見ようとしてなかったからだ。受け入れられないイヤなもの、として感情的に拒絶していたことをここに告白します。(誰に)

私が心地よくて安全だと思う世界は、彼の言動とはしっくりこない感じがするから、やっぱり支持はしないと思うけど、せめてもう少し相手をちゃんと見るところから始めようかな、と思う。いろいろダメージ受けそうで恐ろしいけど……

でも、自分なら絶対に取らないような行動や、すごい悪手だと感じるようなことが、事態を予想外に好転させることもあるしな。もちろん壊滅させることもあるけど、それは自分が良しとする選択だって、実は似たようなものなのだ。

結局は自分の話。