肌も四十を過ぎて、見覚えのない茶色い斑紋があちこちに出現してきた。見つけたと思ったら次にはやたら大きくなった気がしたりして、やだわ……と肩を落とすなど。
最近は形成外科の施術でわりと手軽にシミを取ることもできるようだし、塗り薬でも成分によっては目立たなくするのに効くらしく、ちょっと調べようかしら……くらいに思っていたのだが。
あるとき、友人とのやりとりで、ちょっと無神経だったかなあと自分の言葉の反省をしばらく引きずることがあった。その後、彼女は笑って「考えすぎ」と言ってくれたのだが、自分の雑さが思いがけず人を不快にさせている可能性はあるわけで、せめて気をつけてはいたいのである。
そんな最中に鏡に映った自分の顔のシミを見て、過去の失敗が目に見えたらこんな感じか?と思ったのだった。私はいいことが続くとすぐ調子に乗って、下手すると他人様に厚かましくも偉そぶるような振る舞いに出ることがある。恥。でもそういうときに鏡を見ると、ハッと「ここに映ってるシミの数以上に大小数多のしくじりをやらかしてきた分際で」と我に返ると思う。これは効きそう。
別にシミを恥じる必要はないと思うが、人から羨まれるような、目を喜ばせる代物でもなかろう。失敗にもそういうところがあるんじゃなかろうか。失敗の記憶は目には見えないが、シミは厳然とそこにあるので、ごまかしようがない。
共感は得にくいと思うけど、個人的にはこの発想でとても気分がスッキリしたので、それだけでもなんとなく、シミにもいいところがあるな、と、肌を見る目が好意的になった。