Other people of myself

重い腰を上げてようやく仕事の方のサイトを整えはじめた流れで、ひさびさに自分のブログも開いて、過去に書いたことをちらちら読み返してみたりしてるのだけど、読むに耐えなくて悶絶するかと思ったら案外そんなことはなく、むしろ他人が書いた何事かのように新鮮に読めて面白い 😯

自分が書いたことと思えないほど遠いわけではなく、価値観の通じ合う友人の話を聞いているような、少しの刺激と親しみが心地よい感じ。自分のことを、自分にとって大事な友人だと思えるのは、悪いことでもないんじゃなかろうか。よく分からんけども

とはいえ書いたことを手放しで賛美したいわけではない。内容はどうでもいい、というか、当時の言葉や文章を読んでも、別に違和感や新たな注文は出てこない。つまり使う言葉はさほど変わってないと思うのだけど、当時から今までに、自分にいくつも大きな転換が起こったことを私自身は知っている

あれこれ書いてはいるけど、河合隼雄の言葉を借りれば「それを生きてはなかったな」と思うんである。いまも十分それを生きてるとは言えないけど、「私はわかったからもう大丈夫」と思わない程度にはちょっとマシ、になってればいいな。って書くと油断するから人生は自分とのいたちごっこ

むしろ書くことは当時より下手になったんじゃ 👿

でも当時なりに真剣に正直に思うことを書いたから、今になって分かることがあるとも言えるし、何よりひさびさに読んで「居心地いいな」と思ったので、書いてよかったよ(結局は自画自賛にすぎないオチ)